豊田商事事件犯人の現在は?マンションの場所はどこ?【動画有】

日本を含め、世界中で起こった衝撃的な事件事故をピックアップする事で人気がある『奇跡体験!アンビリバボー』

そんな『アンビリバボー』で今週、「豊田商事事件」について取り上げるようです。

豊田商事事件と言えば、2011年8月に経営破たんした「安愚楽牧場」事件が発覚するまでその被害総額が戦後最大の約2000億円のもなったとされる大規模な詐欺事件ですよね。

更に、会長を務めていた永野氏が2人の人物よって報道陣の前で亡き者にされた事で当時、世間を大いに賑わせた事件としても有名です。

しかし、正直に申し上げると、私自身、この豊田商事事件について詐欺事件という事以外、詳しく知りませんでした。

そこで、個人的にちょっと気になる事を調べてみました。

題して
『豊田商事事件犯人の現在は?マンションの場所はどこ?【動画有】』

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豊田商事事件犯人の現在は?

豊田商事事件は、純金を顧客に売りつけ、基本的に解約を認めず、配当を支払わずという悪徳詐欺を行っていた事が事の発端です。

結果的に、破綻し、この被害者の為に、奔走したことで後に注目の的になるのが「平成の鬼平」こと中坊公平弁護士

しかし、実行犯の2人の人物は逮捕後どうなったのでしょうか?

調べてみたところ・・・
残念ながら、詳細な情報は探し出すことができませんでした。
ゴメンナサイ 汗

事件後、実行犯2人の状況としては
1989年3月
矢野正計:懲役8年の刑が確定
1990年6月
飯田篤郎:懲役10年の刑が確定

それぞれ実刑判決が確定します。
普通に模範囚として過ごしていると仮定するならば、とっくに釈放されている事が予想できます。

しかし、調べていくうちにこんな情報がありました。

この情報自体、文章にもあるように、「放送されていない」との事から真偽のほどを確かめようがありません。

しかし、仮にこれが本当ならば実行犯のうちのどちらかが再度警察により逮捕されている模様です。

因みに、画像にある人物は矢野正計氏とみられます。

豊田商事事件のマンションの場所はどこ?

「安愚楽牧場」の詐欺事件が発覚するまで、戦後最大の被害総額を引き起こした豊田商事。

その会長が亡きものになった事件が起こった場所はというと
大阪府北区にある『ストークマンション扇町』

大阪の中心・梅田からそれほど距離がない場所みたいですね。
永野氏が籠っていた部屋はこのマンションの5階にあったようです。

事件当時は明日逮捕されるとの情報を受けて、大勢の報道陣が詰めかけていました。

実行犯の2人が簡単に部屋の中に突入できた事を受けて
なぜ警察が警戒していなかったのか?などの声が存在したようです。

これに対しては、毎日放送報道局社会部の記者として現場にいた西村秀樹氏(現在は近畿大学客員教授)は

「豊田商事事件の捜査を兵庫県警察が一手に担っていたことなどから、大阪府警察では現場のマンションを特に警備していなかった」

引用元:wikipedia

と証言しています。

豊田商事事件の概要

最後に豊田商事事件の概要をご紹介しておきます。

豊田商事会長・永野氏は1952年8月1日、岐阜県恵那市の寒村生まれ。

15歳で島根県の叔父のところに預けられ
集団就職で愛知の日本電装(現デンソー)に就職。
しかし2年で退職。

◆その後の経緯◆

消火器セールス→名藤富士開発
この会社は永野がセールスに言っていた企業

◆この時の逸話◆

「消防署の方から来たとか」言って売ろうとした
「そんなにしてまで金が欲しいのか?」との質問に対して
「欲しいです」と一言

これがきっかけとなり、名富への転職が決まったとか
競馬競輪にハマったのはこの頃

名藤富士開発→商品取引会社の「岡地」に転職。
ここでは外務員として勤務。
1年程でグループ長に異例の出世。
若干21歳にして年収6000~7000万稼ぐまでになった。

しかし、顧客からの預かり金3000万に手を付け相場につぎ込み会社をクビになっている。

岡地→ダイヤモンド販売など職を転々し
1976年3月大垣競馬場で164万の入った財布を掏って逮捕。

◆この時の刑事に対する発言◆

「競馬というはゲーム。ゲームの場所で金を掏られるなんて掏られる方が悪い」

1981年4月 永野は大阪豊田商事株式会社を設立。
(のちに豊田商事に改名)
業務内容は純金ファミリー証券を販売するペーパー商法。

この社名にした理由は
客に自動車会社がバックについていると思わせる為

◆販売方法◆ ターゲットは主に一人暮らしの年寄り
純金を客に勧めて販売
純金を商事が預かり、それを運用して年10~15%の利益を出す→その利益を客に配当する

満期になると、強引に更新
中途解約には基本的に応じない
応じる場合は、元本以上の違約金をふんだくる
当然、配当は一切支払わない

◆セールスマンとの契約◆
日給2万+売り上げの5%以上を保証
とれるだけ取れと「無理やり営業」
あの手この手を使って契約にこぎつける

完全な詐欺商法ですね。
よってトラブル多数。
設立から1年ほどで通産省に苦情が殺到。
永野は自分たちが訴えられないようにその道の権威である弁護士を月額500万円で雇い、対応していた。

さらに永野は純金以外にも
・ゴルフ会員権
・ベルギーダイヤモンド
・銀河計画
・白道

など、多数の会社を次々に設立。
その結果、約5万人から4年間で合計2000億円を騙し取った

しかし、期限が来れば、純金の購入代金を顧客に返却する義務がある為、顧客数を半永久的に増やし続ける必要がある為

この純金の代わりに「ファミリー契約証券」を渡すというこの取引は自転車操業。

その結果、豊田商事は税金を滞納するようになり、
1985年、外交員逮捕→書類押収→強制捜査→事情聴取

そして、同年6月
永野が籠っていた大阪北区マンションで事件が起こる。

部屋前には多数の報道陣やガードマンが張り込んでいる中
やってきた二人の男。

鉄工所経営者の自称右翼・飯田篤郎と建築作業員・矢野正計。

飯田氏は自身でも「まことむすび誠心会」という政治結社をの代表委員を名乗っていたようです。
さらにそれ以前には「日本貧民党」と名乗っていたこともあるようです。

永野のガードマンの問いかけに凄む飯田
「永野に会いたい。開けろ。こんな奴のガードようやるな」

2人は永野の部屋玄関横の窓ガラスを蹴破り、部屋に侵入。
一斉に窓の中にカメラを向ける報道陣。

数分後・・・
血まみれの銃剣を持った飯田が現れる。
その服には返り血

犯行後、駆けつけた天満署員に2人は現行犯逮捕。

一方、永野は全身10カ所以上を斬られていた。
病院に搬送されたものの出血多量で既に手遅れ
致命傷は脇腹の銃剣による刺し傷。
そのポケットに入っていた金額は700円ほどだったという。

1985年7月 豊田商事へ破産宣告。
破産管財人に中坊公平氏他、2人の弁護士が選任される。

中坊弁護士らは豊田商事の顧問弁護士から金を返還させた。
さらに、国税庁に対して豊田商事のセールスマンの給料の所得税の源泉徴収分の返還を要求。

結果的に、約120億円の返還に成功。
この管財業務に要した期間は6年。
長きに渡る戦いだった。

1986年 豊田商事の残党が設立した先物取引会社「飛鳥」の破産が決定。その債権総額は約15億円。

1989年3月
矢野へ懲役8年の刑が確定

1990年6月
飯田への懲役10年の刑が確定。

まとめ

今回は『豊田商事事件犯人の現在は?マンションの場所はどこ?【動画有】』について書いてきました。

この豊田商事事件に関しては様々な憶測が流れていますが、未だにはっきりとした事は分かっていません。

今回の『アンビリバボー』ではどのような取り上げられ方をするのでしょうか?

非常に興味深いですね!

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