小林一茶の子孫と生涯!一茶記念館の場所(住所)はどこ?

『今でしょ!』で有名な林修先生が司会を務める初耳学。
世間一般ではあまり知られていないであろう情報が毎週披露されて、観ているだけで何だか賢くなった気になる?!番組です。

この番組は林先生が出演されている事もあってか書籍が出版されるほど人気ですよね。

そんな初耳学の中でも人気のコーナーになっているのが「スキャンダル日本史」
今週は日本を代表する俳人・小林一茶をピックアップするようです。

そこで、今回は小林一茶について私なりに調べてみました。

題して
『小林一茶の子孫と生涯!一茶記念館の場所(住所)はどこ?』

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小林一茶の子孫

小林一茶はご存知の通り、江戸時代に活躍した有名な俳人。
生涯で生み出した俳句の数は20000以上と言われています。
小林一茶は64歳まで生きたといいますから当時の時代では結構な長寿と言えるのではないでしょうか?

そんな小林一茶ですが子宝には恵まれず、子孫を残すのには苦労したようです。
一茶は生涯で3人の奥さんを娶っています。

14歳で江戸へ丁稚奉公に出て、50歳で故郷のある長野県柏原に帰郷。
その後、1人目のきくさん(28歳)を迎えています。

きくさんとの間に3男1女をもうけていますが、4人の子供全員が幼くして亡くなっています
特に、1人目のお子さんは生後数週間で亡くなってしまったようです。

しかも、追い打ちをかけるように、妻のきくさんも37歳で逝去
50歳で結婚して、子供を亡くし、加えて奥さんも先に逝ってしまうなんて、これは結構精神的にキツイでしょうね・・・

一茶はその後、62歳で2人目の奥さんである雪さんを迎えます。
しかし、この雪さんとは6ヶ月で離婚。

2年後の64歳の時、3人目のやをさんと結婚
このやをさんとの間に長女・やたさんが生まれています。

しかし、なんとこのやたさんは一茶が亡くなってから生まれたそうです。
つまり、小林一茶は生涯、自分の子供の顔を見ることなく逝ってしまったんですね。

唯一の小林一茶の子孫であるやたさん。
1873年に46歳で亡くなるまで、父である一茶の事を後世に伝える活動をしていた模様です。

そして、このやたさんの血を引く子孫の情報を調べてみたところ、一茶の故郷・柏原に住んでいるようです。

お名前は小林重弥さん。
一茶直系の子孫で現在7代目とありましたから、恐らく間違いないのではないでしょうか?

画像元:信濃自然郷

「一茶の子孫と名乗って、先生面して俳句をひねる生き方もあったんでしょうが、それは性に合いませんでした」

引用元:信濃自然郷

一茶は故郷に帰ってからも「変人」扱いを受けていたようですが、反骨心が相当強かった人物

づぶ濡れの大名を見る炬燵かな

このように大名さえも皮肉る俳句を詠んでいます。

7代目も小林一茶の子孫だけあって、見事に血を受け継いでいる感じがしますね。

小林一茶の生涯

小林一茶は長野県柏原の農家で長男として生まれています。
3歳の時に実の母親を亡くし、8歳で継母を迎えるたものの、折が合わず
14歳で丁稚奉公に出る為、江戸へ。

俳句の世界に入ったのは、25歳の時。
小林竹阿に師事し俳句を学んでいます。
29歳の時、一度帰郷し、36歳まで俳句の修行の為、西国を歴遊。

39歳の時、再帰郷し、病床の父親の看病をしたもののあえなく父は逝去。
折が合わなかった継母とはその後、10年以上に渡って遺産相続の件で争う事になろうとは夢にも思わなかったでしょう。(その後、遺産の半分を譲り受ける)

父の発病から初七日までを描いた『父の終焉日記』は私小説の先駆けとも言われています。

その後、一茶は江戸で活動していた事もあるようです。
しかし、永住を決意して1812年11月に故郷に戻っています。

50歳で故郷に戻った一茶の生涯は先ほどお伝えした通り。
3人の奥さんを娶るも子孫を残す事になかなかうまくいかず。
結局、自分の子供の顔を見ることなく、他界しています。

一茶記念館の場所(住所)はどこ?

小林一茶の記念館は故郷に建設されているようです。
まぁ、地元に人々にとっては日本を代表する俳人ですから、自慢の人ですよね。

そんな一茶記念館の場所(住所)は長野県上水内郡信濃町柏原2437-2

画像元:一茶記念館

長野駅よりしなの鉄道北しなの線経由 黒姫駅下車 徒歩5分
上信越自動車道 信濃町ICよりR18経由3分

引用元:一茶記念館

入館料は
大人(高校生以上)500円
子供300円

営業時間は9:00~17:00までで休館日は年末年始のみだそうです。

因みに、一茶のお墓はこの長野の記念館の裏手にあるようです。

また、一茶の記念館は千葉県の流山市にも存在するようですネ♪

まとめ

今回は『小林一茶の子孫と生涯!一茶記念館の場所(住所)はどこ? 』について書いてきました。

とんでもない性欲の持ち主だった小林一茶ですが
個人的に思ったのは幼少期の経験がかなり影響しているのではないかと。。

3歳の時に母親を亡くしている訳ですから、恐らく自分の母親の顔は覚えていないでしょう。

そして、その後の継母との「確執」
相続の件で10年以上も争っている事から相当「合わない」人物だった(お互いに?!)事が予測できます。

このような経験があった為、「自分の子孫を何としても残したい!!」との思いが常人以上に強かったんではないでしょうか?

単なるS●Xモンスターのように表現される事もあるようですが、個人的な意見を申し上げるとそうではないような気もしてきます。

まぁ、あくまでも予想なんですけど・・・
本当のところはどうなんでしょうか??

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