永岡弘行と息子の現在は?オウムにvxで狙われた事件詳細

毎週火曜日の夜、日本を含めた世界中で起きた驚きの出来事を取上げる事で人気を博している『世界仰天ニュース』

今回の『仰天』はストーリー6本の3時間スペシャル。
その中の1つで永岡弘行さんが被害者となったオウム真理教被害者の会会長VX襲撃事件について放送される模様です。

そこで、今回はこの事件について情報をまとめていきます。

題して
『永岡弘行と息子の現在は?オウムにvxで狙われた事件詳細』

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永岡弘行と息子の現在

この事件はオウム真理教被害者の会(現・オウム真理教家族の会)の会長を務める永岡弘行さんを敵対視したオウム教団がvxガスで亡き者にしようとした事件。

永岡弘行さんはvxガスの後遺症として右半身に痺れが残っており、現在も酸素吸入器が生活には欠かせない状態

さらには、息子である永岡辰哉さんはオウム脱会後、オウム元信者で構成される「カナリヤの会」に参加。

オウム真理教を含めた数多くのカルト問題を手掛けている滝本太郎弁護士の協力で脱会者との面談や、現役信徒への脱会への活動を行っているそうです。

息子・永岡辰哉の経歴

永岡辰哉さんは大正大学仏教学部時代にオウムに接触。
セミナーに参加後、1987年10月に入信。

その後、大学を中退して出家

麻原が「ダライ・ラマ法王から最終解脱者だと言われた」と発言していた為、弘行さんは直に法王に面会に確認したそうです。

すると法王の答えは・・・
「私もまだ修行の身。人様に『あなたが最終解脱者』などとは絶対に言わない」

息子を絶対に脱会させたいと思った弘行さんは他の信者の親といっしょに月3回、教団施設近くまで出かけ「帰っておいで」と呼びかけを行うなど、できる限りの行動をとっています。

そのかいもあって息子の辰哉は約2年間の信者生活を経て、1990年1月に麻原彰晃の選挙活動中に父・弘行さんの協力で脱出しその後、脱会。

信者時代の1989年10月にはテレ朝系の番組「息子を返せ!! 父親がオウム真理教教祖を訴え」に教団幹部と共に出演。

会代表で出演した父の弘行さんと対立する形となり、この時、父親への批判を展開していました。

一方、麻原に対しては
「一生ついていこうと思った」
「嘘をつかない人」etc…

忠誠を尽くすような発言をしていました。

完全なマインドコントロールですね。。。
純粋な人ほどかかりやすいと聞いた事がありますが、息子さんの辰哉もそのような性格なのでしょうか?

オウムにvxで狙われた事件詳細

事件の発端は永岡弘行さんの活動。
永岡弘行さんは入信した息子の「奪還」に成功した後も、被害者の会」(現・家族の会)の会長として活動を継続されていました。

この活動によって弘行さんは教団にとっては故・坂本堤弁護士に次ぐ敵対的人物とみなされてしまいます。

麻原は永岡弘行さんか永岡辰哉さんのどちらかにvxガス襲撃を命令

1994年12月31日より、永岡さん宅を見張り始め
1995年1月4日、永岡弘行さんが自宅から出てきたところを襲撃。

この時の実行犯は山形明と高橋克也

この時、弘行さんはvxをかけられた事に全く気付かず。
時間が経って部屋の暗さや暑さを訴えて突然倒れたそうです。

弘行さんが搬送されたのは慶応病院。
この病院には松本サリン事件を調査していたドクターがいたそうで、「病気の症状ではない」と診断されたとか。

これが要因なのか、警察は当時は弘行さんの「自殺未遂」と判断。

交番の警察官も「借金苦からの自殺」とみていたとか・・・

また、弘行さんが病院に搬送された事は親戚や知り合いにしか伝えてなかったにも関わらず、不審な電話があったそうです。

「永岡さんと仕事をすることになったが、入院していると聞いた。様子はどうですか?」

因みに、弘行さんがvxをかけられた事が発覚したのは、地下鉄サリン事件が起きた後のハナシ。

教団への強制捜査から実行犯の発言によって明らかになった事なんですね。

まとめ

今回は『永岡弘行と息子の現在は?オウムにvxで狙われた事件詳細』について書いてきました。

この事件の2か月後に、地下鉄サリン事件が起こった事で、弘行さんはいまだに後悔しているそうです。

事件から20年以上たった今でも関係者の心の傷はまったく癒えていないこの事件。

オウム教団は形を変えたものの、現在も現存している状態に何とも言えない違和感を覚えるのは私だけではないと思います。

今後、二度とこのような事件が起こらないことを心から願います。

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